保坂尚輝

今日、テレビで見ました。前回、グータンで見たときとは随分印象が変わりましたね。ひょっとして新興宗教入りました? なんか変わり方がそういう感じ。精神的には全く強くなっていないのに、なぜか鎧を脱いでしまっているというか。


前は思いっきり世間を斜めに見ている感じだったのですが、今回は変に素直に受け入れているという感じです。この方は自分の内側のモロさを守るために鎧をきていて、その鎧が世間を斜めに見るという行為になっていました。この鎧を脱ぐためには、自分の内側のモロさを直視して受け入れるしかないのです。それはつまり、精神的な強さを得るということです。しかし、この方は精神的な強さなくして鎧を脱いだ感じがします。新興宗教ですね。


新興宗教は入ったことがないので分かりませんが、想像するに、最後の拠り所を信者に与えます。世の中の全ての出来事は絶対的ではないので信頼できません、けど、教祖は絶対的なので信頼できます。みたいな。つまり、信者は教祖という存在に拠りかかることで、自分の内側のモロさを補強します。補強はできましたから、鎧は脱ぐことができます。けど、これは邪道ですね。教祖が絶対的な存在だという嘘に拠りかかるということは、教祖が絶対的でないという事実に対して盲目になることであり、たった1つの盲目は、他の全ての事柄に対してもどんどん広がっていきます。たった1つの事柄に対する盲目を守るためには、他にも見てはいけないことがたくさんあるからです。どんどん広がっていって、最後には何も見えなくなります。


思いっきり私の気のせいだったらすいません>保坂さん

素敵な人@自社

この方の見ているものをもっともっと見たいです。よいことです。少なくとも私にとっては、相手の価値観に対する好奇心こそが、純粋な好きという気持ちだと思っています。問題はですね。相手の価値観がどういうものか大体把握できたときですね。やっぱり私は飽きるのでしょうか。情、安定感、信頼感、心が繋がっているという感覚が一緒に時間を過ごしたという現実に支えられるということ。私はそういうものに価値を見出せるのでしょうか。それともその他に何かあるのでしょうか。好奇心をいつまでも刺激できることってあるのでしょうか。

趣味

読書は私にとってただの手段です。対等なパートナーです。長い間一緒にやってきました。私にとって最も信頼できるものです。嘘や本質を見抜き、事実と対峙するときに必要な力と技術の源です。読書から得られる知識がどうのだとかいうのではなく、たくさんの読書から習得した言葉の力と技術が重要です。


占いは最近見つけた私の新たなパートナーです。これからも一緒にやっていけると思います。どういった力と技術を得られるのかは未知数です。占いからはちょっとした安らぎも得られそうです。


読書はビジネスパートナーという感じだけど、占いは恋人という感じでしょうか。

満たされない

http://www.hatena.ne.jp/1106672902
つまり、何か満たされないものがあるから必死でやるのですよね、きっと。オナニーやめられないとかそういう問題なくても、見た目からして満たされてなさそうな人っています。そういう人がどうすれば満たされるのかは、分からないですね。まずは、自分が何に満たされていないのかを知らなきゃならないのでしょうかね。


こういう満たされてない人には、肝心なときに裏切られそうな気がするので、近づかないようにしてます。満たされてない人には悪意はないと思うので、申し訳ないですけどね。でも、そういう方には自分の中の何かが見えてないと思います。これはつまり、自分の中の見えてない何かが起こした行為も見えないということであり、その行為が他人に迷惑をかける場合であっても、責任が取れないということです。自分が何をしたか見えてないわけですから。これはとても問題です。


元彼にこういう人がいました。あと、前の会社のせくはらなおやじがこういう感じの人でした。